水がある ということ
旅する魂(たましい)
ぜひ そちらも 読んでみてくださいね
急ぎの お仕事が 入り
きのうきょうと 家のことそっちのけで
パソコンに 向かっています
やっと 一段落ついたので
ついでに ブログの更新を(^ ^)
きょうは 長崎に 原爆が落ちた日
たくさんの たくさんの人たちが
突然 わけもわからず 熱風に なぎ倒されて
焼けただれて 「水 水・・・」と 喘ぎながら
亡くなっていきました
先日 母と 話をしていて
昔 かんにゃきに
水がなかったころの 話になりました
世界中の 貧しい国で
まだ 生活のための水 飲料用の水を
井戸があればまだよし
遠くの 不衛生な沼などから はるばる 汲んできて
生活している 共同体は たくさん あります
かんにゃきも そんな 貧しい地域の 一つでした
たびたまの母が 小さいころには
大作おじさん(ばあちゃんの 長兄)の家の前を
ちょろちょろと 流れていた「川」
――といっても 小川とも 呼べないほどの
細い細い 泥水の 「流れ」が すべてでした
母は 5人姉妹の 3番目ですが
年の離れた 2人の姉たち(一子と二子) は
早くに 家を出ていたので
母は 残った3人の姉妹(三子・四子・五子) の中で
長女のような 役割を 果たしていました
両親(たびたまの じいちゃんとばあちゃん)は
朝 暗いうちから 畑へ出て 夜まで 戻ってきません
まだ 赤ん坊だった 末の妹(五子叔母)を
ドラゴンおじさん(ばあちゃんの 弟)の家に預けて
母は 小学校が終わると 走って帰ってきて
その日 五子ちゃんが 汚したおしめを
ぜんぶ 一斗じょけ(大きなザル)に入れて
大作おじさんの家の前の「川」へ
洗いにいっていたそうです
大作おじさんの家は だいぶん 下流です
当然 上の方の 家でも この「川」を 使っていますから
下に流れてくる水は あまり きれいなものではなかったでしょう
その「川」すらも 日照りになれば
すぐに 涸れてしまいます
母 「そん時には 洗濯はどがんしよったかなぁ
もう 覚えとらん」
母は 最近 とんと 物忘れがひどくなって
たびたまが 家に帰ってきてから
真知子先生に 会いにいったことも
数日後には すっかり 忘れていたくらいですが
昔のことは こんなふうに 折にふれ 思い出して 話してくれます
た 「水が涸れたら 洗濯なんか できんたいね
赤ちゃんのおる人は 大変やったろうねぇ」
母 「そがんじゃんな~ あん頃の思いすれば
今は 天国のごたっ」
たびたまが かんにゃきで暮らしたのは
10歳のときから 中学を卒業するまでの 6年間なので
その後のことについて あまり 詳しくは 把握していないのですが
この地域に ようやく 上水道が引かれたのは
20年ほど前のことに なるのでしょうか
それまでは 雨水をタンクに溜めて 利用していました
それでも 蛇口をひねれば 水が出る というだけでも
昔に比べれば 贅沢な 話だったのです
もちろん 雨が降らなくなれば いくら 蛇口をひねっても
水なんか 出るはずも ないのですけどね
(だから たびたまは 今も
水道から 水をジャージャー出しっぱなしで
洗い物や 歯磨きなど している人を見ると
もったいなくて たまらない 気分になります)
日照りが続いた 夏には
お風呂も たらいに お湯をためて
家族で 使い回したり したものでした
シャンプーしていて
お湯を使いすぎる と じいちゃんに叱られたこと
畑にかける水も 近所の目を盗んで(水のタンクが共用なので)
こっそり 少しずつ かけていたことを 思い出します
その お風呂ですが 母が子どもの頃は
もちろん 毎日 お風呂に入るなんて あり得ませんでした
数日に一度
それも 海の水を汲んできて
潮水のお風呂に 入っていたのです
さぞ ベタベタして 潮臭かったことでしょうね
た 「それば思えば、ばい
いくら 夏 暑か暑か て言うたってちゃ
一日の終わりに 確実に お風呂に入らるって 思うだけでも
たいがい 贅沢か 幸せたい」
母 「そうたい 風呂どころか
風呂からあがれば クーラーの何のて 入れて
涼しかところに おらるっちゃけんなぁ~
まこて 贅沢に なったもんたい」
水で さんざん 苦労していますから
ニュースで 被災地の人々が 給水車の前に
長蛇の列をつくっている 映像など見ると
母は 自分のことのように 胸を痛めています
「可哀想に 小さか赤ちゃんの おらす人は
どがんしよらっちゃろかい(=どうしてるんだろう)」
いま 水道の 蛇口をひねれば 当たり前のように 水が出る
それが どれほど たくさんの人の
苦労と 努力の 賜(たまもの)であるか
お風呂に 入れる
たったそれだけのことでも
どれほど 有り難い 奇跡のような 恵みであるか
日々の 暮らしの中に
両手を合わせて 拝んでも まだ足りない
有り難いことが 山のようにある ということを
かんにゃきは 思い出させてくれます





コメント
たびたまさん、こんばんは♪
確かに…私達は贅沢になれきってしまってるんですネ。
あって当たり前のものなんて本当はないのに…
ついつい慣れて当たり前の様に感じてしまいます...反省。
私たちが生まれた時はもうすでに日本が豊な時代だったので余計に
モノに感謝するとう習慣が余計に薄れてしまっているのかも。
コメントありがとうです。久々なので明日は楽しみ♪
投稿した人: ヒロヒロ さん | 2007年08月09日 20:29
自分の生まれる数十年前、そんな大変なことがあったのか…
とあらためて感じました。
当たり前と言われる生活を作るのがどんなに難しかったか…
身に沁みる思いです。
きっと知らない間についている贅沢ぐせもたくさんあるんだろうなと、
自分自身どっきりしてしまいました。
すべてのものがとどこおりなく進むということ。
これは、すごく大変なことだったのですね。
投稿した人: 碧海 さん | 2007年08月09日 21:03
三宅島の知り合いが、「夏になると、水は観光客用にまわるから、個人宅は、蛇口をひねっても水がチョロチョロとしか出ない」と言っていたのを 思い出しました。
蛇口をひねれば水が出ることは、当たり前のことではないのだなとその時思ったはずなのですが、たびたまさんの記事を読むまで、そんなことはすっかり忘れていました。
日々の生活に慣れきってしまうと、駄目ですね。
もう一度気をひきしめ直します。
投稿した人: ぴー さん | 2007年08月09日 21:49
こんにちは
たびたまさんの記事から、私も子供の頃の事思い出していました
水が豊富な地域に住んでいたせいもあり
記事のような大変さは無かったですけど
お風呂の水は2~3日に一度替えるようでした
もったいないと言う意識はあったのでしょうね
終戦から62年
どんな思いがあったのか
平和の意味とは?
考えさせられました
投稿した人: 憲 さん | 2007年08月10日 05:15
たびたまさんコメントありがとうございます。水って大切ですね。私も年配ですから、水の大切さはよくとくわかっています。私のところも、飲料水には、くろうしていました。浅い井戸を掘って釣る瓶であげていましたが、浅いので水質は悪いのですが、そんな知識もみんなありませんでした。雨が降ると、井戸の水かさが増し、しまミミズが釣る瓶の中に固まって入っていたのをいまだに覚えています。今は、本当に幸せですよね。
投稿した人: 悠々 さん | 2007年08月10日 07:55
こんばんは♪
かんにゃきの響きが好き
水、湯水のごとく使ってますね
もったいないを連発させてはいるものの
汚れればすぐに洗える幸せをもっと感謝しなくちゃ
この暑さ・・・暑さを超えて熱くないですか?
天草は海に囲まれて涼しいのでしょうか
投稿した人: エフ さん | 2007年08月10日 20:10
すさまじい、ですね。。。
僕は毎日お風呂に入ります。。。(-_-;)
それはとてもありがたいことなんですね。。。
そう、有る、ことが、難しい、こと。
交通機関も、昔にくらべれば、格段に便利に、速くなりました。
なのに、数分遅れただけで、文句をいう。
店のサービスも、みんなそれが当たり前と思って、
不手際があると怒鳴り散らす。。。
そういう人はきっと、幸せにはなれないんだろうな。。。
ぼくも、不平不満はへらさねば!(`・ω・´)
投稿した人: フラグメンツ さん | 2007年08月10日 20:52
コメントありがとうございます。
私の地元の香川県は、水不足によくなります。
だから学生の頃は、プールの授業がない年がありました。
県から、プールに水をためるな。とお達しが出るのです。
たびたまさんのプログを見て
そのことを思い出しました。
こっちは、水不足とかないので
普通に毎日、使ってますが
水が不足していた時代や地域もあるってことを忘れず
大事に使いたいな。と思いました。
投稿した人: ゆー さん | 2007年08月11日 07:18
空気くらい普通にあると過信しがちな水。
実は、ありがたいことだったんですね~。
温暖化で危機的な水にもっと気をつけようと
思いました。
投稿した人: 紅音 さん | 2007年08月11日 12:33
戦争というのは、本当に悲惨です、
人は天敵がいないから、殺し合うのでしょうか。
だとしたら、永遠になくならないのかもしれません。
だけど理性をもった生き物として、学んで、過ちは繰り返さないようにしたいですね。
明日、自分の大切な家族・恋人・友が 理不尽に死んでしまう世界なんて
永遠に欲しくはないですから。
生きているもの全て、命はリセット出来ない。
当たり前のことが
当たり前じゃなくなる世界。
人はもう少し、自然や、すべての命に感謝する心を持たなければいけない気がします。
「平和は理想です でも 現実には それじゃやっていけないんですよ」
っていう考え方が 当たり前になっていくのが 怖いです
平和は ひとりひとりが ブランコに譲り合いながら乗る
重い荷物を みんなで助け合って運ぶ
ことから始まる と 思っています
投稿した人: 梅吉にゃんこ。 さん | 2007年08月11日 21:32